プロフィール

このブログを管理している人

名前:明後日キララ(@hitsuji_kaitai

年齢:1992年生まれ

職業:ナレーター・グラフィックデザイナー

住所:埼玉はほぼ東京だから実質都民です

好きなもの:ロボットアニメ

嫌いなもの:魚の形状をしていない魚介類(エビとか貝とか)

特技:ピアノ・フルート・柔道

はじめに

まずはこちらのサンプルボイス動画を観てください

(通信容量が厳しい方はそのまま下へ笑)

私は現在プロのナレーターです。

でも最初からそうだったのかといえばそんなことはなく、ごく普通の、平凡なサラリーマンだったんです。

ちょっと長いですが、よかったら私が歩んできた道のりを見ていってください。

どうして平凡な会社員がナレーターを目指したのか?

「夢より金だ」と思っていた会社員時代 

私はナレーターになる前、しがないサラリーマンでした。

大学生の時は不真面目、授業に出ずに友達と遊んでばかり。

バイトだってよくサボって、酷い時はクビになった事もあります。(バイトでクビって相当ひどいですよね笑)

 

そんなちゃらんぽらんな学生時代に、ひょんな事から彼女が出来ました。

彼女とはとても気が合い、学生の頃から既に同棲して、家でも学校でもいつも一緒にいました。

彼女には本当に助けられました。寝坊しそうな時も起こしてくれたり、バイトをサボろうとしている時も背中をブッ叩いてくれたり、廃墟同然の私の家をいつも片付けてくれたり・・・。

だから私は思ったんです。

「社会人になったらいっぱい稼いで、彼女を幸せにしてやろう!」

ぐうたらな私では日常でしっかりすることは出来ない。きっと家事もしないし育児も下手くそだろう。ならばせめてお金は稼いで楽させてやろう!

そんな風に考えるようになったんですね。

 

大学5年生だった私はなんとか教授たちに頭を下げて下げて下げまくり、ギリギリ6年生を回避し、彼女と一緒に大学を卒業しました。

そして人一倍・・・いや10倍?100倍?世界中の誰よりも遅いスタートダッシュで就職活動を始めました。

それからなんとか内定をいただき、出来たてのベンチャー企業に入社しました。

 

その会社に入った理由は特にありません。強いて言うなら「稼げそうだったから」です。

世界的にも珍しい商品を売る営業の仕事で、頑張れば1年で役職に就けるとか。

今まで美大で学生生活を送っていた私がやる職業ではなかったと思います。

でも、彼女を幸せにするためには稼がないと!!そう思って営業マンになりました。

 

自分なんて大した才能も無い

だったら夢なんて追いかけないで頑張って会社で働いて

彼女を幸せにすることを夢にしよう!!

 

「ナレーターになりたい」という夢があったはずの私は、自分を押し殺してただのサラリーマンになったのでした。

兼業すれば誰でもナレーターになれると思う

ブラック企業を思い知った

さて結論から言います。

私の入った会社は俗に言う「ブラック企業」でした。

噂には聞いていたけれど、自分が入社するなんて全然想像していませんでした。

「世界的にも珍しい商品」を電話営業してお客様に売るのですが、これが詐欺のような怪しい商品で、売っているこっち側もイマイチ信用しきれないままテレアポを繰り返す。

ベンチャー企業でお金もかけられないから、テレアポする会社は自分で検索してリストを作らなければいけません。一日で200社くらいエクセルに打ち込んでいました。

そして電話も生半可なトークスキルじゃ販売出来ません。

上司からは毎日

「ヘタクソ!なんでメモってるのに覚えられない!本当にナレーター目指してたのか?」

「本当にデキる営業マンならそこらへんの石コロでも売れるんだぞ!」

「手が止まってる!一日200件企業を探して100件は電話しろ!」

上司たちはみんな某光通信の会社出身らしく、本当に熱血系の営業マンたちでした。

しかも人数の少ない会社で、新入社員は私一人。四方八方からしごかれる毎日です。

高校生あたりから涙を流したことはありませんでしたが、大人になって号泣することになるとは思いませんでした。しかも会社の中で。

泣くたび上司に

「涙は成長の証だ」

「自分がどうしようもなくダメダメで、それで泣いている。じゃあどうするべきか考えろ!」

脚本家も凍死しちゃうくらい寒いセリフですね・・・。

辛い仕事の後には朝まで飲み会。

酷い頭痛と吐き気をこらえてお客様の元に行くことなんてしょっちゅうでした。

たまに飲み会の最中に説教されて泣いたりもしたので、目が腫れて酷い顔だったと思います。笑

スーツをお酒で汚された時は自腹で新しいスーツを買って営業に行ったりもしました。

そして何より、こんなに頑張っても給料は低かったんです。ボーナスはもちろん無し。

たったの半年で私はボロボロになり、会社を辞めてしまったのです。

大手のホワイト企業に転職

社会の厳しさを思い知った私は、2ヶ月カツ丼屋でアルバイトをしながら転職活動を始めます。

もう中小企業は嫌だ

ボーナスが出る

定時に帰れる

技術が身につく仕事をしよう!

そう決めた私はIT系の企業への転職活動を始めます。

なぜITかというと・・・なんとなくです笑

営業マンをやってた時はただ口が上手くなるだけで何も成長を感じられませんでした。

だから何かしら手に職の付きそうなITを選んだのです。

 

ここでちょっと面白かったのが、転職活動がすごく楽だったことです。

確かに前職を半年で辞めてしまった私は常に面接でマイナスイメージを持たれていましたが、受けた会社は全て内定を貰っています。

新卒の時の就活は本当に地獄だったのに、転職の時はとんでもなく難易度が下がっていました。

これも全て、ブラック企業で営業トークを学んだおかげです。笑

会話のレベルが明らかに上がっているのを感じました。皮肉にも。

営業力を鍛えられてよかった話

そして大手IT企業に入社し、NE(ネットワークエンジニア)の職に就きます。

いやもう・・・最高ですよ大手は。

なんと17:30退勤です。

同い年くらいの同期がたくさんいて友達になれたし、しっかり研修もしてくれるし、時折交流会も開かれるから出会いがあって楽しいし、ボーナスも出る。

本当に転職してよかった・・・。

しかし数ヶ月後、思ってもみない事態が起きます。

ホワイト企業でうつ病に?

ある時期から急に朝起きられなくなりました。

もともと寝坊はちょくちょくしていた私ですが、それがどんどんひどくなっています。

会社の仕事も別に辛くありません。むしろ楽すぎて困っていました。

せっかくITに入ったのに私の仕事はほとんどエクセル。他には営業の経験を買われてお客様対応をすることばかりでした。

ほぼ毎日仕事が無く、トイレにこもってツムツムをやったり、ラウンジでボーっとしてたり、会社のパソコンでインターネットを見たり・・・

ブラック企業の時のような辛さはありませんでしたが、この会社はやりすぎなくらい何もありませんでした。

さすがに会社側もおかんむりで、私は呼び出されて説教を喰らいました。

しかしそれでも朝起きることができず、休職ということになってしまいました。

休職って地獄ですよ・・・!給料もらえない状態で家に軟禁されてるんですから!!

 

休職期間中に周りのススメで病院に行き、結果、「うつ病」と診断されました。

 

衝撃でした・・・!

よく聞いていたうつ病ですが、自分がなるとは思ってもみませんでした。

しかもブラック企業ではなくホワイト企業です。

それに自分はかなり明るい性格で、精神病なんか絶対無縁の世界だと思っていました。

でもなるんですね・・・本当ビビりました。

 

診断書を見せて退職となり、私は再びニートになりました。

彼女に気付かされた「大切なこと」

これからどうしよう・・・。

中小も大手もダメだった。こんなんじゃ彼女のためにお金を稼ぐなんてとても無理だ。

でも・・・とにかく働くしか無い・・・!

そう思ってまた面接を繰り返します。

持ち前の営業トークですぐに内定は取ることができ、これで一安心かな・・・と思っていました。

しかし突然彼女にこんなことを言われたのです。

「その仕事はあなたがやりたいことなの?」

と。

私の答えはもちろん、「NO」です。

だって私がやりたいことはナレーター・声優・イラストレーター・デザイナーなどのアーティスト色の強い分野。

大変門が狭く、かつ収入も満足に得られない世界です。

そんな不安定な仕事をしていたら稼げません。彼女に楽をさせてあげることができません。

だから夢なんて見ずにお金を優先して仕事を探していました。

「でもさ、その結果うつ病になってるじゃん。」

う・・・うん・・・

「興味の無い仕事なんて頑張れるわけないじゃん」

うん・・・

「だからさ、アルバイトでもいいよ。あなたの夢に近づける仕事をして。お金は大丈夫。あたしも働いてるし、それにお金が幸せの絶対条件じゃないから。」

明後日キララ

ぴええええん!!!

ごめんね・・・ごめんねえええ!!!!

こうして私は内定を全て蹴り、再度転職活動もとい、アルバイト探しを始めます!

器の大きな社長との出会い

ナレーターはさすがに不安定にもほどがあります。

ですから、デザイナー職を中心に求人を探しまくりました。

しかしここで衝撃だったのが、全く面接に合格できなかったこと・・・!

今まで9割の内定は取れていた私が、デザイナーのバイトになった瞬間全然合格できなくなりました。

経験者しか雇わない業界・・・恐るべし・・・!!

かなり苦しみながら、それでも必死に転職活動しました。

必死すぎて履歴書に「経験者です」と書いてしまいました。必死ですね←

そんな中、とある企業に面接に行った時不思議な雰囲気の社長とお話したのですが

「君の夢はなんだい?」

と聞かれたのです。

本当はここで「一流のデザイナーです」とか言うのが模範解答だと思うのですが、なぜか私は

「一流のナレーターです」

と答えてしまったのです。

ああ、落ちた。

そう思った矢先帰ってきた言葉は

「気に入った。バイトじゃなくて社員にしてあげるよ。」

ファッ?!

なんかその場で合格してしまいました。

「ナレーターの夢なんて応援してくれる会社無いでしょ。

うちで働きながら目指してみな。」

しゃ・・・社長〜!!!

こうして私はデザイナーとして就職し、夢だったナレーターを目指すことになったのです!

 

〜入社後〜

社長「そういえばイラストの経験はどれくらい?」

私「あ・・・実は嘘です・・・」

社長「え〜??!?!?!?・・・じゃあバイト登用ね・・・」

私「トホホ・・・」

(その後無事正社員になりました)

無事、ナレーターになれーたー

こんな特殊な環境のおかげで、毎月しっかりした収入を得ながらナレーターを目指すことができました。

スクールに通い、家でもクラウドソーシングでナレーション案件をこなしながら修行し・・・

そしてオーディションの結果、2018年7月にテレビ朝日ナレーター事務所への登録が決定しました!!

やりました・・・遠回りしたなあ・・・。

自分なんて才能が無い、絶対無理だと思っていましたが、本気になればなんとかなるんですね・・・!

高校生の時から夢に見ていたナレーターになれーたーなんて・・・過去の自分に言い聞かせてあげたいです。

その間に勉強した株式投資も成功し、彼女に婚約指輪をプレゼントすることができました。

今では嫁となり、ぼちぼちな生活を送っています。

明後日キララは、そのまま幸せに暮らしましたとさ・・・

fin・・・

 

思っていました。

現実は甘くなかったです。

ナレーターとして所属できたからといって、状況はほとんど変わりませんでした。

所属って思ってたより意味無いんです!!

ナレーションの仕事は来ない時は全然来ないし、来ても他のナレーターと取り合いになるし、つまんない仕事もちょくちょくあるし・・・。

そもそも大きな仕事は絶対に私のような新米には行かないようにできています・・・!

大御所がいなくならない限り私は生殺しですwww

どちらかといえば、知人友人の縁でもらえるお仕事の方がずっとやりがいがあるし、報酬が少なくても楽しいと感じることが多いんですよね。

ですから、私は独立を目指します。

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